2018年度インターンシップレポート第5弾です。今回、インターンシップで学生を受け入れていただいた企業は、(株)IMAGICA Lab.です。
理論・批評専攻の学生を受け入れていただきました。
平成最後の夏に、フィルムに触れる。
金子絹和子
八月の一ヶ月間、夏休みの期間を利用しポストプロダクション大手である株式会社IMAGICAのアーカイブ・グループでインターンをさせて頂きました。
大学では三年次からフィルムアーカイブに関する授業を受講でき、ネガとポジの違いなどフィルムの特質やその変遷、更には国産カラー、イーストマン・カラー、アグファ・カラーの色の違いなど、半年間フィルムに関する基礎知識を学んできましたが、現場でのお仕事を生で拝見させて頂くと、その座学で得た知識が頭の中で立体化し、より深い理解を得ることが出来たとともに、現場でしか知ることのできないアーカイブの技術や、実作業を体験する貴重な機会を得ることが出来ました。
そもそも私がアーカイブに魅せられ、本インターンを志望したのは、旧作映画が好きであることは元より、前述した国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)の元主幹であるとちぎあきら師の授業を受講したことがきっかけであり、ユネスコが定めた『動的映像の保護及び保存に関する勧告』にも記されている映画の「教育的、文化的、芸術的、学術的、歴史的価値」の側面に強く興味を持ち、決して絶やしてはならないフィルムに関する技術、そしてまだまだ未開拓市場であり、多くの可能性を秘めるアーカイブについて学びたいと思うようになりました。また、価値の高い貴重な作品を収集、修復、保存するアーカイブという行為自体が社会還元に繋がることから、アーカイブの必要性、重要性を強く感じ、来年に控える就職活動を前に少しでもその現場に触れたいと思ったからです。そこで以前、『地獄門』のデジタル修復のビフォーアフターを見た際に、その技術力の高さに驚いたことがあり、映像に関するあらゆる最高技術をお持ちであるIMAGICAでのインターンを志望しました。
一ヶ月間のスケジュールは、既に先方が細かく組んで下さっており、ほぼ毎日アーカイブの異なる作業工程を見学、体験しました。フィルムアーカイブは基本的に、まず整理場と呼ばれるフィルムの準備室で可能な限りフィルムの付着物や切れ目を修復し、ウェットクリーナーにかけた後検尺を行い、スキャンまたはテレシネにかけて、最後にデジタル修復のレストレーション作業に入ります。インターンが始まる前に、「アーカイブの中でもフィルムの物質的修復に興味がある」と希望をお伝えしていたため、今回は整理場での作業が主でしたが、フィルムアーカイブの全体の流れを知るために、デジタル修復、テレシネ、カラーグレーディング、スキャン、レコーディング、更にはマイグレーションの作業場も見学し、元タイミングマンやフィルム最盛期に現像の作業をされていた方々からも貴重なお話を伺うことが出来ました。
インターン期間中はまず、フィルムの扱い方から教えて頂きました。私が籍を置く映像表現・理論コースの特に理論・批評専攻の学生は、実習等で実際にフィルムに触れる機会はほとんど無く、フィルムに関しては上映の際の粒子感や色の味わい、また授業で学ぶフィルムの種類等の知識はありましたが、劇場用のフィルムを実際に手に持つのはこれが初めてでした。フィルムは緩く巻かれてしまっている場合、横にして持つと巻き芯から抜け落ちてしまう可能性があるため、必ず縦にして持ちます。当然ですが、画の部分はキズや汚れの付着を防止するため直接触れることは出来ず、繋ぎたいフィルムとフィルムを専用のセメントでくっ付けたり、付着している汚れを有機溶剤という特殊な液で拭き取る際は、細心の注意を払い、指でフィルムの両端をつまんで画の部分に指紋を残さぬよう慎重に作業をします。更に16mmフィルムの場合は幅が細く裂けやすいため、修復を行う際は強く引っ張らないよう注意しなければなりません。整理場では他にも、ビネガーシンドロームの匂いや退色、フィルムが蛇の抜け殻のように丸まってしまうカーリングなど、普段文字や画像でしか見たことがなかったアセテートフィルムの劣化症状を実際に見ることが出来ました。またフィルムからデジタルパッケージを製作する場合、特に古い作品だと可燃性のためオリジナルフィルムが既に消失してしまっていることが多々あります。その際、残っている複数のネガ、ポジフィルムから最もオリジナルに近いフィルムを選定するのも整理場の仕事の一つで、フィルムそのものにその製造年が記載されていたり、記された記号から製造年を割り出し、一番オリジナルに近いフィルムを特定します。製造年や記号が記されていないフィルムに関しては、傷やゴミ(現場では「パラ」と呼んでいました)、繋ぎ目などを他のフィルムと比較し、ネガ、ポジフィルムの親子関係を推測するそうです。
今回、現場だけではなくアーカイブ部門の営業や窓口の方のお話を伺うことも出来ました。IMAGICAの技術は世界でも高く評価されており、アジアを中心に海外にも市場を拡大しています。営業の方は国内だけではなく、海外にアーカイブ案件を見つけると現地に飛び立ち、具体的な金額と自社の技術をプレゼンし、入札に参加するそうです。窓口はそうして営業の方が仕入れてきた案件を預かり、お客様と作業を行う技術者を繋ぐ役割を担います。お客様から具体的な要望を聞き、どうすればその要望に対して最大限の力を発揮することが出来るのか、時に技術者と相談をした上でお客様に提案します。私は営業や窓口の方がお仕事をされている姿を傍らで拝見し、まず第一に「対お客様」であるビジネスとしての映画との関わり方を実感しました。極端に言ってしまえば、まだ学生である私は見たい作品だけを見て、映画に触れた気になることが出来ます。しかしこれは当たり前で、また他のどの業種にも共通して言えることですが、ビジネスとしてある商品に関わっていくということは、決して趣味の領域とは異なります。例えば、もう少し資金があれば今よりもっと素晴らしい修復が可能になると分かっていても、お客様に「ここまでで良い」と言われれば最初に提示された金額内で最善を尽くす他はありませんし、自分がやりたい様にだけやって、ビジネスに触れることは出来ないのです。
インターン中には試写にも立ち会わせて頂く機会がありました。フィルム試写の他にデジタル修復版の試写では、IMAGICAで修復した作品と海外で修復した作品の両方を鑑賞しましたが、IMAGICAの修復技術がいかに公開当時のオリジナルに即して行われているかは一目瞭然でした。以前ある香港映画のデジタルリマスター版を見た際、その画面のペラペラ感に落胆したことを思い出しました。ただ画面を綺麗にすることは簡単に出来ても、フィルムの粒子感を残し、色味やキズも公開当時のオリジナルに近づくように修復することがアーカイブにとって最も大事なことであるということを再度考えさせられました。
アーカイブの形は、時代によって変化します。フィルム上映が最盛期の時代には、現在お二人で作業されている整理場にも二十名程の方が就き、また劇場用にフィルムを量産するため現像機はフル稼働で、更には現像液の製造も行っていたそうです。現在は整理場に新作フィルムが入荷してくることはほとんど無く、主にアーカイブ目的の旧作映画を扱っています。また現像機も系列会社であるIMAGICAウェストに移動され、現像液の製造も行っていません。しかし一方でデジタル時代に突入したことにより、新しいメディアが生み出される毎にデータを移し変えなければならないデジタル・ジレンマという状況が発生し、現在そのマイグレーションと呼ばれる作業がアーカイブの中でも重大かつ必要不可欠な存在にあるそうです。では、時代の変化につれてこのままフィルムの存在は衰えていってしまうのでしょうか。私には本インターンの中で特に印象に残っているお話があります。それは「フィルムは4K相当の画質を持っている」こと、そして「デジタルはアナログを超えることは出来ない」ということです。それを裏付けるように、ハリウッドではフィルム撮影が増える一方であり、日本でもカンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の『万引き家族』がパルムドールを受賞したことで、少しずつフィルムの魅力が再評価されていると言います。もしかしたら近い未来、フィルムがまた流行り、現像機が何台もフル稼働しているかもしれません。一つ言えることは、フィルムの良さを未来まで継承していかなければ、そのような再流行もあり得ないものになってしまうという事です。だからこそ、貴重なフィルムを収集、修復し、残していく必要がありますし、「平成最後の夏に、フィルムに触れる」という、平成生まれの、デジタルの環境が当たり前の中育った私には、今回のインターンは特に新鮮で貴重な体験でしたが、同じくデジタルの時代に生まれ育ち、また旧作映画やアーカイブに興味がない同級生にも、映画を勉強する身として、フィルムの魅力やその価値を知ってもらいたいと強く感じました。
IMAGICAの皆様には、大変お世話になりました。最後には手現や染色の体験もさせて頂き、この上なく濃い一ヶ月を過ごさせて頂きました。本インターンでの経験、目にしたこと、耳にしたことは私の宝物です。アーカイブ技術やフィルムの知識だけではなく、仕事観や映画に対する関わり方まで、全てを勉強させて頂きました。「人生は経験あるのみ」という言葉を胸に、今後の学生生活や来年に控えた就職活動も頑張って参ります。本当に感謝してもしきれません。ありがとうございました。
※2018年10月1日、(株)IMAGICA、(株)IMAGICAウェスト、(株)IMAGICAイメージワークスは合併し、(株)IMAGICA Lab.となりました。
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