日本大学芸術学部映画学科

2018年度インターンシップレポート第3弾です。今回、インターンシップで学生を受け入れていただいた企業は、映画の製作・配給の株式会社パンドラです。

理論・批評コースの学生を受け入れていただきました。

パンドラを遠く離れて

髙橋佑弥

私、”髙橋青年”(すでに髙橋という私と同名の先輩女性社員がいたことから、差別化のために私はそう呼ばれた)は毎週火曜・金曜の朝9時35分、東京駅に着いた。インターン先の配給会社パンドラは、新富町駅から徒歩3分の距離に位置していたが、私には運動と倹約が必要だったため、東京駅から毎度約25分歩くことを選んだのだった。とはいえ、それはあくまで理想的な場合であって、頻繁に電車は遅延を起こし、5分ほど遅れるのは常。最終的には大半の場合、汗だくになりながら走ることを強いられた。しかし急がずに済む場合、この東京駅〜インターン間の往復─と言っても前述の通り、往路は大半急いでいたから、多くの場合は復路すなわち帰路に限られた─は、この二十日間のインターン恒例の楽しみになった。スーツ姿の勤め人がぞろぞろと歩く。駅を出てすぐ見える八重洲ブックセンター。そしてさらに歩くと、フィルムセンターがある。足を踏み入れることは今後も無いであろう、やけに狭い立ち食いうどん屋。高級ハンバーガー店。すばらしいコースだった。
インターンの仕事は、”楽しくない”はずだった。代表の中野さんは「配給会社の仕事は雑用ばかり」と自ら冗談めいた口調で語っていたが、実際仕事の少なくとも半分は「雑用」と呼ぶ作業に間違いなかった。私が日頃行っているアルバイトの作業同様、退屈なはずの「雑用」。しかし私は毎回楽しく一日を過ごした。梱包作業や、仕分け、発送。機械的に行えばただの作業だが、扱っている物体に「ソクーロフ」や「タルコフスキー」の名が印字されているだけで、それは私にとって意義あるものになる。「山のような紙の束から、指定の資料を探し出す」、そんな作業は誰にとっても面倒だ。しかし、その資料が「レニ・リーフェンシュタール」に関するものであった場合、私にとっては歓びになる。「退屈な作業」が延々と続く。だが、その集積こそが、一本一本のすばらしい映画を、観客が享受するための道を作っている。そう考えるだけでやりがいも湧いてこないものだろうか?
試写状の発送作業では、ハガキの一枚一枚に、住所や名前が印刷されたシールを貼っていくことになる。膨大な名前の中で、親しみのある、尊敬する評論家の名前を見つけた時の嬉しさ。ただのいちインターン生の、「貼る」という作業が、途端に責任重大なものに思えた。このハガキが届く。試写に行く。映画を見る。もしかすると、それが批評対象になる。読者がそれを読む。映画が公開される。全てが繋がっていると感じられた。
また、試写状の発送作業には、その前段として宛先のリストが必要になる。その宛先には、批評家はもちろん、映画の自主上映団体や、作品内容に関係のある各所が選ばれる。私はある日、自主上映団体のリスト作りを教えていただいた。名前だけの羅列に、住所と電話番号、メールアドレスを調べては足していく。東京のいち観客として毎日を過ごしていただけでは知ることのない世界がそこにはあった。「〇〇県で公開されない映画を、私たちの手で上映しましょう!」と仲間を集って映画を上映しているたくさんの団体。日頃の生活では、決して多くない”映画好き”との接点。しかし、日本中にこれほどにも、手を尽くしてみたい映画を見る機会を作っている人々がいると思うと感動した。インターンは”仕事”というよりも、とにかく今まで知らなかったことを一つずつ知っていく毎日だった。膨大な作業の中に、ささやかな楽しい発見がたくさんあった。
何があってもとにかく走った。記帳や、チラシ配りetc…。どう考えても、学校からの要請で派遣された私など”戦力”になるはずがない。私に仕事を振り分けるということは、全体の効率が落ちるのと同義だ。やり慣れた人間がやった方が、どんな仕事も速いに決まっている。二十日後には姿を消す学生に、どんなに丁寧に仕事を教えても本来は仕方がない。しかし、パンドラの皆さんは全て一から丁寧に教えてくれた。エクセルも使えない、それどころか学校の課題作成以外でパソコンを使ったことのない私に。都道府県の位置すら覚えているか怪しい私に。仕事覚えは明らかに人並み以下で、加えて不器用の極みである私に。何度も何度も似たような質問をしても、そのたびに嫌な顔せず教えてくれた。だから私は、唯一できることとして、とにかく走ることにした。きっとパンドラの社員の皆さんに私の印象を聞けば、仕事ぶりなどではなく、やたら汗ばかりかいていたことを思い出すだろう。
インターンには映画の情報を一足先に知れるという特権もあった。もちろん外部に漏らしてはならないものが、私が聞いた情報は、すでに公表されたので、最後に書いておきたい。1987年に設立された映画配給会社パンドラは、今年で31周年を迎える。そして、それを記念した特集上映が9月に新宿で行われるのである。ラインナップを見ると、そこに31年の歴史が垣間見えるようだ。ハーヴェイ・ミルクやレニ・リーフェンシュタールのドキュメンタリー、ソクーロフやヘルツォークといった巨匠の作品から、主に作家として近年話題に上ることも多いマルチアーティスト、ミランダ・ジュライの監督作品まで。この特集に通うことで、私は二十日間のインターン期間を思い出すだろう。これらの作品のポスターに囲まれての作業や、教えていただいた仕事の一つ一つを。インターンを経た今では、ただ好きだったこれらの作品を、より親密なものに感じる。
一本一本の映画が日本で送り出されるために、どれだけの熱意や作業が必要なのか。ただ観客として、映画館に通うだけでは今まで実感することのできなかった膨大なプロセスを、短い期間であっても垣間見ることができたこと、実際に教えていただいたこと。これ以上なく楽しく、緊張した、本当に貴重な体験を、ありがとうございました。

 

 

2018/08/09

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